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【仕事に興味がない】その会社に居続る人生で後悔しない?

毎日毎日、ゆっくりコーヒー1杯を飲む暇さえなく満員電車に乗り込み、全く知らない人と家族以上の距離感で密着しながら、みんなと同じ方向に流されていく。

そして、いつの間にか「これが普通なんだ、当たり前なんだ」と思い込んでしまう。

あなたにも、心あたりがありませんか?

興味のない仕事で人生を費やして本当に後悔しない?

 

ある日のことです。

私はいつものように、会社で忙しなく仕事をしていました。

 

朝から根詰めて仕事をしていた私はどっと疲れを感じ、一度頭をリセットしようと会社の非常階段へと向かいました。

階段に座り何気なく空を見上げていると、夕暮れになる前の空にゆっくりと雲が流れていました。

私は、柔らかいそよ風にあたりながら、自分の人生が刻々と過ぎていくさまを見たような気がしました。

そうなんです。
私たちは、今この瞬間も人生の時間を過ごしているのです。

そして同時にそれは…
誰もが避けて通れない「死」へ向かって進んでもいるのです。

 

私の人生は、この雲のように確実に進んでいる。

そう思うと、思った以上に早いスピードで雲が流れていくような気がしました。

 

私は怖くなりました。

こうやって毎日仕事に追われ、やりたくないことで毎日をつぶして本当に後悔しないのだろうか…

たった一度きりの人生なのに、こうやってあっという間に歳をとってしまうのか…

 

そんなことを考えていると、上司がたばこを吸うために非常階段に出てきました。

すぐに立ち上がり「お疲れ様です」と会釈をすると、上司は、たばこに火を付けながら「最近どう?」という定型文を皮切りに、一気に自分がどれだけ社畜かどうかの武勇伝を話し始めます。

「今はまだいい方だよ、私なんか昔は出張で休みなんてなかったしさー」
「夜中3時まで資料つくって5時起きで、毎日寝てなかったしさー」

私は「すごいですね」と相づちを打ちながら、この場からどうやって逃げ出そうかを考えていました。

そう、こうやって人生が過ぎていくのです。

 

自由になりたいけど、なれない。
そう何度も思いながら、いつまでもこの変わらない毎日を過ごしていることに、その頃の私はいつも嫌気がさしていました。

そうやって歳をとっていくのか?
そうやって死んでいくのか?

結局、死んでしまったら何もできないのに…
身体が動かなくなってしまったら何もできないのに…

この先も、興味がない仕事に自分の時間を差し出す人生で本当にいいのか…

もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは 本当に自分のやりたいことだろうか?

Steve Jobs (スティーブ・ジョブズ) 

 

考えてみてください。

あなたは、なぜ今の仕事をしているのですか?

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多くの人は、生活のためと答えるでしょう。
簡単に言うと、給料を貰うためです。

もし、給料が貰えないとすれば、会社に行かない人が大多数でしょう。

でも、あなたが今働いているその会社で、満足のいく給料を貰えているのでしょうか?

 

家賃や食費などの生活費を支払い、日々のストレスを発散するための交際費や洋服などで使ってしまえば、一体いくら残りますか?

きっと多くの人は、やりたいことも、買いたいモノも、ある程度我慢して、毎月やっと食いつないでいるのではないでしょうか?

そんな程度の給料を稼ぐために、あなたの人生を差し出すとしたらあまりに代償が大き過ぎると思いませんか?

 

つまらない毎日も、自分が選んだ人生です

 

私も40歳までは、定年までこの会社に勤めているんだろうなと考えていました。

転職は、何度か考えたことはありましたが、「雇われる」という場所からは、出ようと考えたことさえありませんでした。

でも、人は必ず、死ぬ。

死ぬまでの毎日が私の人生になる。

それなのに、毎日やりたくない事で埋め尽くされている。

一度しかない人生なのに、本当にこれでいいのか?
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休日は、会社が指定した日。

自宅は会社から通える範囲。

上下関係の人間関係。

部署も仕事も、上司も部下も選べない。

 

会社員がいい・悪いと言いたいのではありません。

 

『雇われていると、私の求めている生き方ができない』だけで、求めている生き方の価値観はそれぞれ違います。

 

会社に雇われるのであればいろいろな制限はありますが、その代わり、毎月同じ日に同じ給料が支払われる楽さがあるのですから。

 

でも、もし明日死ぬとしたら、あなたはそこにいて満足ですか?

ここまで読んでいただいているのであれば、きっとあなたも少なからず私と同じような価値観をお持ちなのだと思っています。

 

あなたは社畜化されていない?

 

あなたは『牙を抜かれたライオン』状態になっていませんか?

有名な例えなのでご存じだと思いますが、簡単に説明しておきます。

元々は、大草原のサバンナで百獣の王として走りまわり、自ら狩りをしていたライオンが、ある時、動物園に入れられ自由を失ってしまいます。

しばらくは、檻から出ようと必死に暴れますが、そのうち、狩りをしなくても餌が運ばれてくる環境にどっぷりハマり、そのうち、狩りをすることすら忘れて、ただ餌が運ばれてくるのを待つようになります。

そこには、もう大草原を走り回っていた、百獣の王であるライオンはいません。

 

この『牙を抜かれたライオン』は、人間社会で「社畜化のはじまり」の比喩として使われることがよくあります。

 

私もいつからか不自由な狭い檻の中に入れられ、そのうち毎月同じ給料が運ばれてくることをただ待つだけの毎日を過ごしていました。

 

多少のつらいことがあっても、ただその場を少し我慢して大人しくしていれば、給料を貰える「楽」な道にどっぷりはまっていたのです。

 

人間はしばらくそこで生きていると、ここが一番安全だと錯覚してしまう生き物です。

 

今思うと、会社から餌を待っているだけで、飛び越えられる高さの塀なのに、外に出ようともしていませんでした。

 

それだけではありません。

社畜化が進むと、家族の時間や友人と過ごす時間も減っていきます。
もちろん、あなた自身の時間もです。

当然のように、家族の問題も後回しになり、決まってその言い訳は「仕事が忙しいから」になっていきます。

本人は、当然のごとく言っているのかもしれませんが、
まぎれもなく、その働き方を選択したのは、その人自身なのです。

 

そんな言い訳で、大切な誰かを守れるのでしょうか。

あなたが本当に大切にしたいものは、何なのでしょうか。

あなたが望む人生は、幸せとはどんなことでしょうか?

 

会社は、どんなに良いことを言っても、結局は利益重視です。

当たり前ですよね。
あなたを守るという基準で、経営判断できるわけがありませんから。
決して、会社が悪なわけでも、雇われることが悪なわけでもありません。

 

あなた自身が選ぶ人生が、あなたの人生なのです。

 

働き方、いえ、生き方をここで真剣に考えてみませんか?

あなたも、私も、お互い一度きりの人生なのですから。

 

 

PS.

もうすぐ、母と父の法事があります。

私の両親は、ふたりとも60代で亡くなりました。

 

身近な人が若くして亡くなると、『命はいつまでも在るものではない』という事を思い知らされます。

 

でも人間は、しばらくするとそのことをすぐ忘れてしまいます。

 

私は、両親が突然亡くなったこと、そして悲しみから学んだことを無駄にしたくありません。

たった一度の人生、どう生きたいのか。

そのために私は何をするのか。

両親は、大きなきっかけをくれたのだとも思っています。